子どもによる子育て相談室
第2回「子どもによる子育て相談室」
小金井市公民館主催 男女共同参画部門
『みんなで哲学 なんでもてつがく』
第2回目が10月26日(日)公民館貫井北分館にて開かれました。

お題は「子どもによる子育て相談室」。
大人5名 こども 3名 計8名
助っ人は、UTCP(東京大学「共生のための国際哲学研究センター」)の梶谷真司さん、神戸和佳子さんです。
前回に引き続き2度目の方も、今回初参加の方もいらっしゃいます。
また、10代の親子の参加もあり、世代間のいろいろな対話ができそうです。
前回は3時間でしたが、今回は2時間。
濃縮した時間の中でどのような対話が行われるか、期待を胸に、さっそく始まりました!
てつがく対話では、このコミュニティボールとよばれるものを使います。
簡単な自己紹介とともに、まずは、コミュニティボールとてつがく対話のルール説明です。
みんなが安心して話をすることができる環境をつくるための、大切なルールです。
①話をしたい人は手を挙げてボールを受け取る(ボールを持っている人以外は話せない)
②(自分の考えが)ささいなことか、つまらないことか、など考えずにどんなことを話してもよい
③誰かが言ったことをあざ笑ったり、非難したりするのはNG
④違う意見を言ったときに相手を否定しない
⑤結論を求める必要はないので、みんなで問いを深めよう
⑥手を挙げたくなったら挙げてもいい。ただし、ボールを持っている人は最後までゆっくり話をしてよい
⑦誰かの言葉を引用したりするのではなく、自分の体験をもとに話をする
第1部 子育てに関する疑問を挙げよう
親の視点から、子どもの視点から、たくさんの問いが出てきました。
「どうしてお母さんじゃないとダメなの?」
「子どものお母さんへのやつあたり(例:ひどい言葉)をどこまで許容するか?」
「なぜお母さんになると子どもの気持ちがわからなくなるのか?」
「お母さんの、子どもへの褒め方のポイントはあるか?」
「お母さんは、なぜ子どもをいつまでも子供扱いするのか?」
問いの中から、さらに問いが出てきました。
「(今までの問いには)お父さんのことが出てこない。お父さんっていったい何なんでしょう?」
「子どもの友達付き合いに、親はどこまで口を出してよいか?」
この問いについては、10代の方からこのような問いが出てきました。
「そもそも親はなぜそこまで子どもの付き合いに真剣になるの?」
これについては共感の声も。
「親が(友だち関係について)自分以上に本気になってしまうから相談しづらい。
聞き流してくれる友達に言ったほうがいい。」
さらに問いが生まれます。
「兄弟げんかに親はどこまで口を出してよいか?」
「親のけんかに子どもはどこまで口を出してよいか?」
「子育てをすると親の気持ちが分かるようになるのは本当?」
これについては、様々な意見がでてきました。
「親のありがたさは分かった」
「私は分からなかった。(親の気持ちとは言っても)親は子どものためと思って、勝手にしてるだけ。自分の子育てでも子どものために無理をしたことはない。」
「私はすべての行動が、子どものためにしている行動だと思う。子どもに夢を持ってもらうために、もともと無趣味だったが趣味を持ち始めた。」
さらにこんな問いも出てきます。
「『私はこんなに真剣に頑張っているのに、どうして分かってくれないの?』って、言いたくなる気持ちは分かる?」
ここでこんな問いも。
「そもそも『子育て』ってなに?」
ここで1時間が経ちました。
休憩の間もちらほら子育ての話が出てきます。
第2部も楽しみです。
第2部 今までの問いを大きな問い(一般的な問い)の形にしてみよう。
大きな問いにする、というのは頭の中を整理する大切な時間です。
たくさんの問いの中から共通点を見つけたり、問いの先に見える問いを探したり、
複雑に絡み合った糸口を少しづつ紐解いていくような感覚で、すぐには言葉にできません。
しばし沈黙の時間。
ちらほらと出てきました。
「親子はどこまで干渉してよいのか?」
「子育ては、誰がいつまで、何をすることなのか?」
「正しい子育てって何?」
3つの問いが出ました。
ここからは、多数決で決めます。
多数決で決まった問いがこちらです。
『親子はどこまで干渉してよいのか?』
さて、てつがく対話の始まりです!
「子育てを意識したのは思春期の頃から。お母さんがうるさいな、と感じるようになった。
一緒にいると、干渉してしまうものではないか。」
「嫌がるから干渉しないのか?嫌がっても干渉した方がいいのか?」
「私の母は過干渉だった。私には、母は(自分が)心配だから、やっているように見えた。
本当に相手(子ども)のためにやっていることなのか、それとも自分が心配だからやっているのか?」
「親子の関係だけじゃなくて、夫婦同士の価値観の違いもある。妻は冷えに敏感で、子どもにたくさんの服を着せていた。価値観が違う場合、一致させるのは難しい。」
「妻はベジタリアンで、夫がジャンクフードが大好き、という夫婦もいる。子どもはお父さんと遊びに行くのを楽しみにしていた」
「司令塔が2つあるのはいいことではないか?夫婦だけではなく、祖父母や親戚など、選択肢がたくさんあれば、子どもは選べる」
子ども目線からこんな意見も。
「自分の考えに親がズカズカと入り込んでこられるのは困る。意見を言ってほしいことについての相談は、ちゃんと意見を言ってくれていいのだが」
ここでこんな問いが。
「親目線で言いたくなることってどんなこと?」
「性、暴力、犯罪に巻き込まれる可能性があるもの」
「子どもにこうなってほしい、という像があり、子どものやりたいことと、親のなってほしい像が全く違うので、つい口を出してしまう。あとは、勉強について。言わないとやらないから言ってしまう」
「私も勉強については言う。ずっと遊んでいるのはどうなのか、と思って」
「一緒に住む上で、秩序を保つためのルールがある。机を片付けろ、とか」
勉強について、話が広がります。
「親からは、勉強したのか?としか言われなかった。今思えば、勉強しておいた方が良かったと思っている。大学受験に失敗し、自分のやりたいことを始めてから見えてきたものがあった。
以前までは、自分の親のようには言わないようにしよう、と思っていたが、今では勉強した方がいいと思っている。きっと親も同じような体験をしたから、言うのではないか」
「ただ勉強しろ、というのではなく、こういう選択肢もあるよ、という教え方をしたい」
「勉強したからといって幸せになれるわけではない。私は勉強しなければ良かったと思っている。
勉強しろ、と言うが、親は勉強した先にどういう未来を見ているのか、教えて欲しかった」
「親は選択肢をいっぱい用意してくれたが、これがいいよ、とは言ってくれなかった。
私は、これがいいよ、と言って欲しかった」
「親に、どうアドバイスしていいか分からない、と言われたことがあった。何にせよアドバイスして欲しかった」
「今まで勉強をたくさんしてきたが、勉強した方が将来の選択肢がない、という事もある。本当になりたいものになれないこともある」
これについてはこんな問いが出ました。
「勉強してきたのは、自分の選択ではないのか?勉強が好きだったからしてきたのではないか?」
「今となっては、勉強が好き、と堂々と言えるが、昔は勉強が好きかどうかは分からなかった。親の期待もあるし、勉強した方が生きやすかったから。」
「好き」という言葉に話が広がります。
「子どもには、好きな事を見つけてほしいと思っている」
「好き(という感覚)がよくわからない。」
「苦じゃないなら、好きなのではないか」
「好きなモノをみつけても、親が好きでない場合に否定されるのが嫌。否定してほしくない」
これについてはこんな意見が。
「大事なのは本人の気持ちに寄り添うこと。寄り添っていたら、そもそも干渉にはならないのではないか。」
「子どもの好きなモノが、親が嫌いなモノだったとしても、子供の目線で、やり方を互いに見つけていくしかない」
ここでこんな意見も。
「放っておかれるのも嫌だ。うちの母は何も言わなかった。昔『引き算が苦手』と通知表に書かれたことがあったが、親も先生も特に何もしてくれなかった。いまだに引き算は苦手だ。」
まだまだ話を続けたいところですが、このあたりで時間になってしまいました。
助っ人の梶谷さんよりひとこと。
「今回の対話で、これから考えるためのヒントが持てればいい。ここで何かを解決するのではなく。」
最後に皆さんの感想です。
「子育てについて考えたことがなかった。改めて親のことを考えた。モヤモヤしたのがすっきりした」
「日々子育てのことを考えているが、さらに問題を持って帰ることになりそうだ。改めて、干渉しすぎず、考えを尊重できるようになりたいと思った」
「親子、夫婦、人間と人間、いろんな関係を考えた。自分が好きなことがあれば、周りにどう干渉されても好きなことをやってほしい」
「子どもには干渉しずぎないように気をつけよう、と思っていたが、干渉してほしい、という意見があり新鮮だった」
「勉強できるひとも悩んでいるんだな、と思った」
「私は人前で話すのが苦手だが、話しているうちに自分の考えがまとまってきた」
「同世代だけでは分からないことも、いろんな意見が聞けてよかった」
「話しやすい雰囲気だった。親がどこまで正直に自分らしくいていいのか、どこまで親でいなければいけないのか、これからの課題になりそうだ」
ここで助っ人の梶谷さんからひとこと。
「『悩む』と『考える』は違う。『悩む』のではなく、『考える』こと。考えれば考えるほど、悩まなくてすむ」
みんなの『悩み』をみんなで『考える』(=てつがくする)場。
「みんなで哲学 なんでもてつがく」の意義をあらためて感じることができました。
参加してくださった皆さん、助っ人の梶谷さん、神戸さん、本当にありがとうございました!

今回は、保育を講座と同じ場所に設けました。
親も子どもも安心してそれぞれの時間を没頭できました。
保育のみなさま、どうもありがとうございました!
さて、第3回目は
11月16日(日) 10:00~12:30
場所は、上之原会館 で行います。
お題は、「商店街へ行こう」です。
お一人でも、ご家族連れでも、お友達同士でも、構いません。
もちろんお子様、赤ちゃんの参加も大歓迎です。
あなたの周りにあふれる疑問について一緒に哲学してみませんか!
難しい知識は必要ありません。
赤ちゃんから大人まで、みんなで深く楽しく、おしゃべりしましょう。

たくさんの方のご参加をお待ちしております。
中川知美
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